縛りプレイでGO!

ご存じですか、「縛りプレイ」。SMプレイのことではありません。

まあご存じだとはわかってて書いているのですが、ゲームなんかで追加の自主的なルールを決めてその中でプレイすることです。基本的には普通のプレイじゃ飽きてきたなーって人がやるやつですね。

で、私はそんなにゲームをする方じゃないんで、この「縛りプレイ」もゲームのことじゃないんです。まあ数少ないプレイしているゲームであるところの刀剣乱舞は「刀解しない」という縛りプレイはやっているんですが。ついでに語っておくと、ゲーム難易度を上げるための刀解しない縛りではなく、なんか刀解ってのがこわいな……という心理的な理由による縛りプレイです。

さて、人生いろいろな物事がありまして(雑)、漫然と物事に当たるよりは「縛り」を設けて楽しんじゃおう! みたいな感じでやっていくことをわりとよくやっています。

ちなみにここのブログに関しては「1記事に最低1つはメディアを入れる」というのを努力義務程度の縛りとして設けていたりします。実は。これ、一応理由がありまして、私は文章書きがメインなので文章はつらつらーっと書いていけてそれで満足しがちなんですが、文章だけの記事ッてさあ、華がないんですよ。なので「最後にパセリを載せる」くらいの感じでメディア(だいたいは写真からくがき)を載せています。あんまり負担になることやると記事書くのも億劫になりますし。

noteをやっていることは前にも書いたと思うんですが、いま動かしているアカウントだと、アイキャッチを必ず入れる、という縛りを設けています。この縛りは短文(140字)投稿ができなくなってから設けた縛りなんですが、アイキャッチがあるとSNSにシェアした時に画像が出るのでちょっと目を惹くんですよね。それがいいなと。

そしてそのnote。後付けの縛りなんですが、雑談的な記事(ブログ的なもの)のアイキャッチは食べ物の写真を載せるようにしました。というだけのことが書きたかったブログでした。前置きが長い。

いや、テーマがあるならテーマに沿ったアイキャッチを入れたいんですよ、本当は。でもさあ、いちいち写真を撮るのも大変(だし沿った写真が撮れるかもわからない)だし、かといってわざわざ素材サイトさんに探しに行くのも億劫。

そんなことを思いながらGoogleフォトを眺めていて、「ごはんの写真ならいろいろあるし適宜増えるな……?」と気付いたんです。というわけでブログ的note記事にはごはんの写真をアイキャッチに使うのが基本になっています。

これ、副次的にもしかすると効いているかもしれないなと思ったんですが、「なんか食べ物の写真の記事でエッセイ書いてる人いるな?」と認識されないかな、とか。ブランディングじゃないんですが、なんか一定のわかりやすいルールで同じことをやってる人って覚えやすいじゃないですか。私、あんまり宣伝が得意じゃないタイプのモノカキなので、そういうね、姑息な方法をね、試して……どうなんだろう。実際のところの効果は。

さておき、縛りプレイでいろんな活動に自主的なルールを勝手に適用して進めて行っている面があるんですが、いちおうその「自主的なルール」は「放っておくと忘れてしまいがちなもの」を設定して、なんかね、あんまり手間をかけずに物事をうまくやっていけないかな、という私なりのコツなのでした。

どうして紙の同人誌を作るかって?

なんか「ウェブで公開すればタダなのにどうしてわざわざ紙の同人誌を作って頒布するのか」論争があったみたいですが、そんなもん、私が紙の本として自分の作品を読みたいからですよ!

と言ってしまえばもうそれで結論ではあるんですが、まあもう少し続けてみましょう。

というかね、そもそも今の私は同人誌を頒布してなくてですね、入ってくるお金はありません。一方的に印刷費が出ていくだけです。それでもね、紙の本を刷りたいんですよ。もちろん、プレゼントした友達からだけでは飽き足らず、世間一般からも感想を募りたいので、一次創作の作品に関しては原則すべてウェブ公開しています。

だいぶ昔にここのブログに書いた記憶があるんですけど、漫然とwebに漂っている作品よりも、同人誌としてパッケージされたものの方が「読まれやすい」体感があります。それを思ったとき、私はまだたとえば500文字小説のようなすごく短い作品を集めた作品集ばかり作っていたので、少し長めのもの(全体で1万字前後)を書くようになってまた少し、感覚は違ってはいるんですが、でも、「本」という物理パッケージはつよい、です。

世の中には小説を書くだけで満足して、本にもしないしウェブ公開もしないという人がいます。いるらしい。信じられないけど。私はそこまで達観できないので、「書けた! 見て!」という幼女マインドで書いたものを人に押し付けているんですけれども、確かにね、ウェブだと場所も取らないしやり取りもURL送るだけだし簡単です。たださあ、せっかく書いたお話。どうせならいいおべべを着せてお披露目してあげたいじゃないですか。

という話がありつつ、私のここ数年の発行部数は基本的にはヒトケタ部数です。たまーに多くて15部とか。在庫抱えるのもめんどくさいのはあるのでねえ。というか在庫どうしようねえ。

紙の本。質量があり、体積があり、そこまで思い入れがないならただ邪魔な存在です。それはもう認めるしかない。でもね。邪魔ってつまり、存在を感じさせるんですよ。つまり送り付けられた相手にしてみれば「読んで!」の圧。私はわるいことをしているなあ。

そんなことを言いつつ、冒頭の通り、まずは私自身が自分の小説を紙の本でほしいんです。読書家と言えるほど本を読んでいるわけではないんですが、読書が娯楽の大きなウェイトを占めてきた人生だったので、なんかそういう「本っぽいもの」が自分の手のかかったもので存在している、ということにときめきます。

なので! 私は! 自分のために紙の同人誌を作っています!

ところでこの記事を書こうと考えていたところ、そういえば一次創作同人誌の表紙一覧とか欲しいな? と思い、先ほどページを作りました。よかったら覗いていってね☆ メニューからも行けるよー。

なんかかきたい

この「かきたい」は「書きたい」だったり「描きたい」だったりするわけなんですが、書いたり描いたりしたいんです。

すればいいじゃーん、と言われてしまえばそれはそう。そこでお話は終わってしまうんで、もーちょっと続けさせてくださいな。

コンテスト用の1万字以内についてはこの前も書きましたが初稿が出来上がり、2周ほど直しを入れました。それでもうだいぶよくなったなあ、とは思うんですが、〆切が9月なのもありもーちょっと粘りたい気持ちもあります。ただね、直しって要は新しく作ってはいないじゃないですか。飽きた、わけではないんですが、こう、達成感が得られない。

達成感は大事です。私の中で「作った!」の喜びの大半を占めています。書くことについてはまあまあ慣れているので一発書きでもまあ読めるレベルのものが書けると思い込んでいるのですが、そういう私は「書けた! 見て!」をよくSNSとかでやってきたので、プチ達成感を積み上げやすかったんですね。

ところが直し。しかもコンテスト向け。……お披露目ができないんですよ。

じゃあ描くの方をやれば? となると、近侍以外に描きたいものも特になく。いや近侍描くの楽しいんですけど。写真に描き込むタイプのラクガキを量産しているので、最近お出かけもほとんどしていないので背景に使う写真ももちろんとれていなくて、うーんうーん。

というわけでぐねぐねしているんですが、冒頭で自己ツッコミしたとおり、書けば/描けばいいじゃーんというはなしに戻ってしまうので、まあぼちぼちなんか書き/描きましょうかねえ。

まよいまよい

特に書くこともないんですが、ブログの文体についてちょおっとだけ悩んでいたりします。

このブログは私が楽しかったことの備忘録みたいな位置づけで、かつ、私という生き物を面白がってくれる人がいるなら楽しんでもらいたいなあ、という気持ちで書いています。私を面白がってくれている人がどのくらいいるのかはわかりませんが、ゼロでないことは救い、かな。

素直につらつらと書いていくとだいぶしんみりというかシリアスというか、少し重い文章になりがちなんですよね。一応は楽しませたいというエンターテイナー精神がないわけではないので、ちょこちょこと自虐を入れたり、あと私はもともとパリピのネアカなんで基本的には騒がしく、そのエッセンスも織り込んだりはしています。

おしゃべりというかリアルタイムで会話を重ねていくタイプのコミュニケーションと、ただ紙なり画面なりに向かってつらつらと思いのたけを綴っていってそれを見せるというコミュニケーション、この二つってだいぶ違います。

声を出すのがあまり得意でない(フィジカル的に。息切れします)ので会話といえばチャット的なものがメインなのですが、こちらはわりと基本的なネアカ性が出てきます。相手の発言に触発されて頭のいろんな回路が動く感じ。

一方でつらつらと綴っていくやりかただと、なんというか頭の一か所を深く深く掘っていく感じがあり、そういうのもあってだんだんと文体のようなものが静かになっていきます。

もともとこのサイトはKDP(kindleを使った個人出版)をやることになってホームにしようと思って作ろうとした、という経緯があります。つまりは「一応」、作者私と読者でコミュニケーションが取れたらなあ、という希望がうっすらとある中で作ったものでした。

結局今となってはただのブログサイトになってしまっているんですが、そんなことを思い出した夏至。父の日ですね。

ときどき、書店に行く

ときどき、書店に行く。ブックオフみたいなところでいいこともあるし、新刊書店じゃないとダメなときもある。今日は蔦屋書店に行った。

話題書が並んでいるコーナーは華やかだ。表紙を上にして置かれた本たちはもちろん表紙そのものもデザインが良く、タイトルも目を惹き、さらにポップが置かれていたりする。同人誌を作るときは基本的には表紙も自前で作っているので参考になることもある。おおむね目の保養だけで終わってしまうけれど。

正直に言うと蔦屋書店、TSUTAYAはあまり好きな書店ではない。本の並びがいまいちわかりにくいし、突然雑貨を売っているコーナーが現れたりする。私は本を見に来ているのに。

小説が並ぶ棚まで辿り着き、ざっと背表紙を眺めていく。このフロア全体から見れば随分と狭いエリアに押し込められているなと思う。小説、時代小説、詩歌、と来て小説教本のような棚があった。数段分(もちろん同じ本が何冊か並んでいたりはする)の教本を見て、これに需要があるということは書きたい人がそんなにいるのかと驚き、そして私は書き手として何を書きたいのだろうという思いが脳裏をかすめる。振り切って、商業作家をやっている知り合いの本が並んでいることを確認して蔦屋書店を後にした。無策で本を買うにはお財布が寂しい。

その蔦屋書店から目と鼻の先に小規模なブックオフがある。覗いた。今の気分じゃないなと思いながらマンガや雑誌や自己啓発書、文芸書などを眺めて、お金が使いたくなって2冊だけ買った。千円以内で収まった。

例のモノカキが集うSNSがサ終してからもうすぐ3ヶ月になる。いくつかのSNSをタブで開いたままあっちを見たりこっちを見たりしている。そしてやっぱり、どこもいまいち居場所としてしっくりこないなと思う。

モノカキが集まっているSNSコミュニティ自体は存在する。けれど、ラノベ文化からちょっと遠いところで生きてきたので「ラノベで作家デビュー!」みたいな人は異文化人だなと感じる。別のところでは「文章はエッチな表現をそのままみられるので好き」という言説も目にするが、性的センシティブ表現は、まあ書かないわけではないけれどメインではないのでお呼びでないのね、という感じだ。

書き手としてどこへ行きたいのだろう。

旧名義のころだけれど、商業のアンソロジーに作品を掲載してもらったことはある。今みたいにコミッションのようなものが広がるより少し前に原稿依頼を受けてお金をもらって文章を書いたこともある。

売れたいのか? と訊かれたらNOと答えるだろう。けれど読まれたいのか? と問われれば条件付きYESといったところか。私の物語を必要としてくれる人のもとに届けばいいと思っている。ありがたいことにウェブメインの活動のわりに感想をいただく機会は多い方だと思う。恵まれているなと思う。

20年書いてきたのでそれなりの文章技術はあると自認しているけれど、かといって飛びぬけて巧いわけでもなく、物語自体もドラマティックさに欠けているなと思う。

そんな私の文章を読んでくださってる方々、ありがとうございます。

絵を褒められても嬉しい

最初に書いておこうか、プリントオンさんに吸血鬼本を入稿しました! わくドキデザインセットです! 楽しみ!

こんな感じで写真にキャラ(ほぼ近侍)を描きこむ、というタイプのお絵描きをまあまあやってるんですが。これ、もともとは別ジャンルで見かけた写真にキャラを描きこんでいる人(めちゃうま)を見かけて真似っこしてみたのが最初ではあるんです。

ところがね。私は絵はあーんまりうまくない。ご覧の通り。というかどっちかといえば下手にカテゴライズされると思うんですよ。でもさ、絵は描きたい。楽しいので。じゃあ……とひねり出したのが、なんとか描けるデフォルメミニキャラをクローズアップ写真に描いちゃえばいいじゃない! という感じで、初めは食べ物写真に描いてたりしてたんですが、夢女なのでね、自分の指とコラボ(コラボ?)させてしまうようになりました。

上手くはないけど味はある絵だという自負はありまして、ありがたいことにめっちゃ好んでくれる人がいてありがたい限りです。もっと褒めていいのよ?

作文に関しては厳しい道を選んでも少しでも上達すればいいなあという気持ちでいるんですが、絵に関しては「これ以上は無理です! このままを愛でて!」という気分。傲慢ですが、素直な気持ち。逆に言えば、上達はしなくてもいいかなあと思っているということです。自分で満足できる程度には描けていて、褒めてもらえる。これ以上はいいかなあと。

とはいえ、いろいろなことに「挑戦」していくのは嫌いじゃないので、今日は夢女絵描き用の写真をいくらか撮ってきました。笑えよ。

好きな物語作品10選

好ましく思ってる人が普段どんな作品に触れているんだろう。そんなことをふと思い、じゃあもしかして私がどんな作品を好んでいるのかって読者さんからは気になるものなのかしら、とそういう記事です。

好きな作品はあくまで2026年1月の今時点で好きな作品。今後新しい作品に出会って入れ替わるかもしれないし、環境の変化で触れなくなっていく作品もあるかもしれません。とりあえずナンバリングしてますが、いくつ挙げたか確認するためであり、評価の高低を示すわけではありません。

01.西洋骨董洋菓子店

メディアミックスもされていますが、よしながふみの原作漫画が一番好きです。よしながふみ作品はわりといろいろ触れてきてはいるんですが、このお話が好きだなあ。あるかもしれない、の塩梅が気持ちいいです。

02.神様のボート

江國香織による小説。初読は成人してからだったんですがそれでも娘視点で読み、しばらく経って再読したら母視点で読みました。私は再読に耐える作品に評価を与えがちなんですが、ここまでがらりと読み味が変わったのがおもしろくて、ときどき読み返しています。最近読んでないな、また読もう。

03.密やかな結晶

小川洋子による小説。だいぶ昔に「あなたはきっと小川洋子好きだよ」って言われてまして、確かにすごく透き通った喪失を描く作家だなと感じて一気に好きになりました。なかでも一番最初に読んだこれが一番好きかな。

04.世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

村上春樹による小説。私の小説で二つの世界設定を行ったり来たりするものがまあまああるんですが、それはこの作品の影響がちょっとだけあったりします。ファンタジーとSFの間を行ったり来たりする感じが好きです。

05.この愛は、異端。

森山絵凪によるマンガ。若干(若干?)えっち。でもこれ、純愛のお話だと感じたんですよね。さておきこんなどろどろに溺愛されたいものです(え?)

06.鋼の錬金術師

メディアミックスもされましたし、最初に触れたのはアニメ1期だったんですが、一番好きなのは荒川弘による原作漫画。スチームパンクな世界に存在する魔法じみた錬金術の設定にわくわくしましたし、描かれる女性が健康的で強い傾向があって元気が出ます。

07.チグリスとユーフラテス

新井素子による小説。初読は高校生のときなんですが、今も文庫版が本棚にいてときどき読みたいところだけ読み返していたりします。設定とかがっつりSFなんですが、小難しくなくて、そういう世界で生きている人生、というものが描かれています。

08.FRIED DRAGON FISH

岩井俊二による映画。サブカルクソ女()だったので岩井俊二はいろいろ観てるんですが、これが一番好きかな。公開当時から見れば近未来的で、今となってはかなりレトロで、異国情緒の風のアウトローさが刺激的。

09.ミュージカル『刀剣乱舞』~静かの海のパライソ~

刀ミュはねえ、推しを美人が演じててあんまりシラフでは感想とか言えないんですけども。「三百年の子守唄」の亡霊である自覚がある私なんですが、三百年~葵咲~パライソのラインがとてもね、きれいでね。あと、この「パライソ」はミュージカルとしてすごく良い出来だとも感じます。

10.ブラックジャック

手塚治虫によるマンガ。母の蔵書から読んでいただけですが。なんのかんの手塚先生はやっぱり偉大だし、火の鳥やブッダなんかも(やっぱり母の蔵書ですが)読んでいました。ブラックジャック先生が人間として(男性として!?)魅力的だからこの作品にしておこう。

ところで

吸血鬼作品にいくつか触れた影響で吸血鬼のお話を書き始めました。いまのところ1千文字×3話を書いています。セミクローズドくらいのところにしか出してないんですが、早く誰かに読んでほしいの半分、表に出すなら整えたいの半分。とりあえず1万字前後まで書いて本にしようかなとは思っています。

あと、ちょっと古い曲が聴きたくて、今朝押入れからCD数枚を引っ張り出してきてパソコンに取り込んだんですが、普通に20年くらい前のCDが多くて……多くて……涙。

みんなたちも折本作ろうよ!

先日、ノベルスキーでわいわいしていたときに、「折本、そんなものがあるのか」みたいなノートを見かけました。私の周囲だとわりとメジャーな表現手段(ネットプリントに出しやすいのもありますし)だったので、なるほど、知らない人には面白いものなのだな、と認識し、みんなたちも折本作って遊ぼうよ! という内容の記事ですyeah!

というわけで私なりの小説折本の作り方を記そうと思います。パソコンで作るやり方です。長くなりそうなので折りたたみますね。

続きを読む みんなたちも折本作ろうよ!

2025年、やってきたこと

創作TALKさん参加記事です! 企画からいらっしゃった方向けに軽く自己紹介をしておきます。

PNは一次創作のときは氷砂糖、二次創作のときは佐藤こおり。文章中心の創作活動をしており、らくがき程度のお絵描きもたしなむ、くらいです。二次の現ジャンルは刀剣乱舞、最推しは明石です。

総文字数

概算で17万字以上書いていたようです! 去年は5万字強だったので3倍。3倍!? うち5万字ちょっとが140字小説です。毎朝更新していた(今朝も書いたよ!)ので365作以上書きまして、5万字以上。チリツモ。

同人誌

今年は単著で4冊、合同誌1冊を作りました。単著のうちの1冊だけが一次創作です。他は全部とうらぶ。というかとうらぶ夢。

Q. 2024年でとうらぶの同人誌出すの辞めるんじゃなかったの?
A. 楽しいんだもん……

さておき、一次創作で2冊くらい出したいねーとは言っていたんですが、まあ1冊作れてよかったです。装丁で遊ぶためにA5サイズで作りたいとか言ってましたけど、A5サイズでは作りましたが装丁で遊んではないです。

こちら、全文をXfolioにて公開しておりますのでよろしければどうぞ。

あとは、同人誌かというと首をかしげたくなりますが、ネットプリントで折本にとどまらずペーパーとかも出してました。実は。二次が多かったのでこのブログではあんまり紹介していないんですけどね。

他、文章方面

今年大声で言っておきたいのは、公募に出したことですかね。大賞を取ったら副賞として俳優さんが朗読してくれる、と見かけて「面白そう!」と思い立って一日で1万字書きました。いやまあ4万字制限で1万字のものを出すのはどうよというのはあるんですが。ただまあ公募だったので友達に下読みを頼んだり、久々にねちっこく直しを入れたりしたら、これ落ちた(あたりまえ)んでXfolioで全文公開しているのですが、「事務局おすすめ小説」タグが付いてびっくりしました。

あとは、総文字数のところでも触れましたが、140字小説を毎朝更新しました。起きてパソコン立ち上げてひとまず書いてから一日のあれこれを始める、というルーチンを作ったのでなんかもう日常に馴染んでますね。バズるわけでもないんですが、いつもイイネしてくれる人がいたりするのでありがたい話です。

あとは、11月のnovel首塚2025への参加も楽しかったですね。もともとネタがあれば書き出してしまいたいタイプなので、お題に沿って毎日ちょっとずつ書いていくのはモチベが上がりました。

イラスト方面

基本的にはスマホで撮った写真に明石国行を描きこむ、ということをやってました。楽しいんだもん。なんか明石さんがうさ耳のことが多くなっちゃってるんですが、まあ趣味なのでそっとしておいてやってください。面影チャンも明石さんといいコンビに感じられたのでぼちぼち描いたかな。

あとでちょっと言及しますが、所持しているミニチュア(カプセルトイなど)がまあまあ充実してきたので、ミニチュアで部屋とかに見立てたうえでそこに描きこむ、みたいなことが増えました。

今年からちょっと増えたもの→写真

もともと写真という表現媒体がわりと好きではあったんですが、たとえばとうらぶのもちもちマスコットとかの版権物だと、創作というよりはどちらかといえば「ファン活動」なので創作に数えていませんでした。

カプセルトイでうさぎドールを手に入れてかわゆいなあと愛でていたんですが、この子をモデルとして写真を撮ればいいのでは、とひらめいたのです。というわけで前述のとおり、カプセルトイを中心に100均セリアで売られていたものなんかも含めてミニチュアがだいぶ増えてきまして。所有欲より「並べたい」なと。セリアのドールハウスを撮影背景というかそのまま部屋に見立てて、家具を置いたりそこで食べ物のミニチュアの前にうさぎドールを置いたり、みたいな遊びをしていました。楽しいです!

オプションテーマ:2025年一番創作に影響を与えたコト・モノ

これはね、スマホでの書き物を始めたことです。もともと私はずっと「パソコンのキーボードじゃないと書けない!」って言い続けてきたんですよ。で、もちろん今もパソコンのキーボードの方が書きやすくはあるんですが、スマホで書けて何がいいって、出かけているときなんかのスキマ時間、具体的には通勤中に、カキモノができちゃう! ……のでSNSでお友達とおしゃべりしていて出てきたネタでぱぱっと書く、ということをやっていました。

文字数がすべてではないんですが、目に見えてわかる指標になるじゃないですか。だからなんかいっぱい書けたなー、という実感もありつつ、同人誌のうちの2冊は初稿ぜんぶスマホで書いていたりして、革新でした。

2026年、どうする?

とりあえずはですね……創作に関係ないって言われるかもしれないんですが、就職をですね……。今日付けで職場を退職したんです。理由やらについては割愛するんですが、創作活動の余裕が取れる職場にね、就職できればいいなーって。まあ就活がんばります。

というわけで

2025年、ありがとうございました! 来年も創作活動を楽しめてるといいな! よいお年を!

氷砂糖流140字小説の書き方

毎朝どこぞで140字小説を更新しておりまして。

書き方、とか言っても「ぎゃんやってぎゃんやってぎゃん!(九州弁)」って要はもはやフィーリングで書いてるんですが、自分のやってることを見つめるためにも書き方を言語化しておこうかな、と。あくまで「氷砂糖流」、私なりのやり方です。

流れとしては、なんか印象的な冒頭を思いついたら→書いていって→文字数を整える、ってだけなんですが、私の140字小説はなんだか余韻?が独特らしく、それはどうやって生まれてるのかなあという自己考察も含みます。

まずは印象的な冒頭

これはね、朝起きて洗い物片付けたりタバコ吸ったりしている間に考えるんですが、だいたいは一枚絵というかスナップ写真のようなものが頭に浮かびます。ひらめく、というやつですかね。例えばタバコ吸いながら月が沈むのを見てそれが心に留まったり、洗い物をしながら水の音が大きいなと気付いたり、そういう感覚も含めての「一瞬の印象」。それを冒頭でかっこよく書きます。かっこよく。かっこよく?

全体的な進行

冒頭がかっこよく(かっこよく?)書けたら、それを補強しつつ演出しつつ、けれど世界観を壊さないようにキーボードを打鍵していきます。ちなみに300字制限のSNSのポスト欄に直接打ち込んでいて、残160字でジャスト140字、という判断をしています。特別なツールとかは使っていません。

でまあ、140字って短いのでそもそもあんまり要素を詰め込むわけにもいかないし、説明も極力省きたい。ただし小説なので「何かの変化」という時間の流れはある。ということを意識しながら書くと、短い文で時間を進ませながら「事件」のようなものだけピックアップする形になります。だからたとえば猫が走っただけのことで1作品にしてしまったりとか。比喩とかも文字数が足りないのであんまり乗せません。

個人的には小説ってネタ、アイデアだけを楽しむものだとは思っていなくて、文体や単語選択の手触りのようなものも楽しみたいと思っています。なので、このあたりは私の場合はもう書き慣れてるから「同じ世界観の言葉」を選ぶ勘ができているんじゃないかなあと感じたりはしますかね。まあ摂取している作品群の幅が狭いので、自然と扱える言葉自体の幅も狭いのかな、と思ったりもしますが。そんな感じでポスト欄の表示、残150辺りまで書き進めていきます。

調整、他

140字小説は「改行なしでジャスト140字」であることがアイデンティティなので、130字を越えたくらいから全体を見渡しながら文字数調節をします。例えばラストのニュアンスをどういう風にしようかな、とか、このやり方だと文字数が1文字足りない(余る)なとか。ひとまず足りなかったり余ったりで書きあがってしまってから、全体の中で句点や言葉の言いかえなどで調整することもあります。わりと忘れがちなんで自戒ですが誤変換直そうね!

これでタグをつけて投稿! あちこちに転載しておしまい、です。

そんなんでいいの

そんなんでいいんだよ、そうやってんだから。

さておき、さすがに私も20年くらいカキモノをやってきたのでまあまあ文章力がある方らしく、このあたりをスムースに行えるのはコツコツやってきた成果だぜ☆ という自負がないかといえばありますよ? 私は私の書く文章が好きですが、それはずーっと私が読みたい文章を目指して修練を行ってきた成果なので。

繰り返しますが、「氷砂糖流」で、私流のやり方なので、万人がこれで140字書けるかどうかはしーらないっです。それに私の書くものって独特の余韻がある代わりにカタルシスが弱いらしいので、たとえばバズったりはしにくいタイプらしいんですよね。まあこうやって書いてるやつがおるよ、くらいの一例になれば。

近況

ところで今週出勤し終えたら年末年始休暇だと思うでしょう? 私、今月末で退職するので今週出勤し終えたら今の職場とサヨナラです。まあいろいろありましたが、次の仕事がなんにも決まってなくてどうしようねえ。一応退職金がでるらしいんでしばらくは生き延びられますが。という感じなので来年の創作事情もどうなることか全くわかんないです!

中古で好きな映画こと岩井俊二『ゴーストスープ』を買ったよ。暖かくて優しい、クリスマスのお話です。